概要

全7回シリーズで生物学的評価における化学的キャラクタリゼーション (ISO 10993-18) の概要を紹介いたします。本連載をご購読いただくことで、日本語での情報が非常に少ない化学的特性評価 (ISO 10993-18) の概要や規格の趣旨をご理解いただき、生物学的評価法の選択肢を広げる機会にお役立ていただけます。各回のテーマについては、下記を予定しております。

第1回: 生物学的評価と化学的キャラクタリゼーション
第2回: ISO 10993-18の主な用語とその定義について (前編)
第3回: ISO 10993-18の主な用語とその定義について (後編)
第4回: ISO 10993-18で求められる化学的キャラクタリゼーションのプロセス
第5回: Compositional Profiling
第6回: Extractable & Leachables
第7回: 化学的キャラクタリゼーションから毒性評価へ


第2回: ISO 10993-18の主な用語とその定義について (前編)

実験室でサンプルを分析する化学者
第1回では生物学的評価における化学的キャラクタリゼーションの位置づけ、そして化学的キャラクタリゼーションを通じて把握できる情報について紹介しました。これから規格の内容の説明に入っていく前に、用語の確認が不可欠ですので、第2回 (前編) 及び第3回 (後編) の2回に分けて用語について解説していきます。第2回目の本稿では、ISO 10993-18に定義されている用語の中から、特に解釈がわかりにくい用語を幾つか解説します。(順位不同、和訳は当社にて実施)

 
最初に「3.16 extractable: 抽出物」と「3.22 leachable: 浸出物」について、その用語の意味と解釈を解説します。

  • 3.16 extractable: 抽出物
    試験所での抽出条件により、医療機器もしくはその構成材料から溶出される化学物質
  • 3.22 leachable: 浸出物
    医療機器もしくはその材料から臨床使用時に溶出される化学物質

Note: 多くの医療機器にとって、浸出物試験は実際の臨床使用条件を再現することが難しいため実務的ではない。よって、試験所環境下で模擬使用抽出を実施し、その抽出物を浸出物として評価している。(模擬使用抽出の定義を参照)
 
 
上記からわかるように「抽出物」と「浸出物」はともに医療機器から溶出される化学物質のことを指しています (これら2つを並べてExtractable and LeachableもしくはE&Lとも言う)。ISO 10993-18の化学分析では、対象となる医療機器材料を溶媒に浸漬し、その材料から溶出される抽出物を分析し、抽出物に含まれる化学物質の定量、定性情報を同定していきます。

この時にその抽出条件の違いにより「抽出物」、「浸出物」と呼び方を分けています。「浸出物」はその医療機器の臨床使用時もしくは臨床使用と同等の条件 (ここでは温度や時間) を考慮して抽出された抽出物を意図しています。そのため、「浸出物」を「模擬使用」の条件にて、抽出した結果と捉える場合もあります。「抽出物」は臨床使用によりワーストケースでの抽出条件など、規格やガイダンスで示される条件を考慮した試験所環境で抽出されるものを「抽出物」と捉えています。

規格のフローチャートでは、最初に「抽出物」における化学物質情報を確認し、毒性リスクへの疑いがある物質が確認された場合、その条件を「臨床使用」に絞り込み「浸出物」を評価する方法が示されています。

続いて、「閾値」に関する3つの用語を解説します。

  • 3.34 safety concern threshold SCT (安全上懸念の閾値 (SCT))
    浸出物 (または浸出物の可能性があるものとしての抽出物) の用量がそれを下回ると、発がん性および非発がん性の毒性影響による安全性の懸念が無視できるほど低い閾値
  • 3.39 threshold of toxicological concern TTC (毒性評価懸念の閾値 (TTC))
    構成成分の暴露レベル、それ以下であれば患者の健康に重大なリスクは生じない
  • 3.2 analytical evaluation threshold AET (分析評価閾値 (AET))
    分析において特定が必要な閾値以下、もしくは浸出物、抽出物の定量把握ができないレベル、もしくは毒性の可能性を評価する報告ができないレベル

上記を見る限り、SCTとTTCの解釈は大きな違いがないように思われます。毒性が患者 (機器使用者) に影響を及ぼすのは、一定の量を超えた曝露によるものと言われています。これらのSCTとTTCはそれらの「一定の量」を明確にするべく「閾値」という言葉で表されています。

SCTについて調べてみたところ、PQRI1が2006年にリリースした報告において、経口摂取の医薬品のExtractables and Leachables Study (E&L Study) においてはSCTを閾値として採用することが推奨され、点眼薬やプレフィルドシリンジのような事前に薬剤が充填されている製品の容器・施栓系のE&L StudyにおいてはTTCの提唱前はSCTを考慮することが推奨されていることがわかりました。

ISO 10993-18: 2020版にはSCTについてはほとんど触れられておらず、AETを算出する際に考慮する事項として表記されているのみであるため、ここではTTCとの違いを深く掘り下げることは避けたいと思います。しかしながら、単純にSCTとTTCの閾値の比較をみるとPQRIの資料では、SCT: 0.15㎍/日とされておりTTC (1.5㎍/日 10年以上の長期摂取2) より厳しい基準が設定されています。

一方で、TTCはその考え方が様々な分野で広く活用されています。三菱化学テクノリサーチの報告書によると「TTCの概念は、化学構造がわかっているが、毒性が明らかでない物質でその既知の暴露量によるリスクを予備的に評価できるツールとして開発された。」3としています。TTC以下だと曝露による有害影響が現れないとされ、TTC以上の場合にはさらに追加情報を確認することで、そのリスクを把握する必要があると考えられています。

TTC以外にも毒性に対するヒトへの影響を閾値で捉える手法には様々なものがあり、一つの閾値が全てのケースに当てはまるというものではありません。これは同時に製品やその材料に含まれる化学物質の組成を100%明らかにすることの難しさを表しています。ISO 10993-18においては、医療機器の使用により患者へ浸出する比較的少量の化学物質で毒性が明らかでない場合には、閾値としてTTCが採用されています。このプロセス自体はISO 10993-18ではなく、ISO 10993-17の毒性リスク評価及びその参照規格 (ISO / TS 21726) により確認することができます。

  1. PQRI: the Product Quality Research Institute
  2. ISO / TS 21726: 2019 Table 1
  3. 株式会社三菱化学テクノリサーチ “毒性学的懸念の閾値 (TTC) を用いたリスク評価手法に関する調査報告書” (平成27年2月)


 
TTCの閾値は患者/ヒトへの化学物質の曝露量となります。一方で、医療機器に含まれる化学物質に対しては検出された濃度が毒性リスク評価の対象として適切かどうかを判断するための閾値をAETとしています。このAETが閾値に関する3つ目の用語であり、対象となる医療機器から検出された化学物質がAET以下の場合、毒性リスクの評価対象から除外することとしています。この考え方は欧州を中心に採用されているもので米国FDAのガイダンスではAETについての言及はありません。

AETは抽出する対象医療機器の数量、抽出量や臨床での機器使用数、TTC、もしくはSCTなどの閾値、そして不確実性定数を用いて算出されます。(下記の数式参照)

 
 
A = 抽出された機器の数
B = 抽出量 (ml)
C = 臨床的な曝露の機器の数
DBT = 閾値 (例: TTC, in µg/d)
UF = 不確実係数

ISO 10993-18: 2020 Annex Eに基づき当社にて日本語訳

算出されたAETと分析された化学物質の濃度を比較し、AET (閾値) 以下の物質については、毒性リスク評価の対象から除外するという考え方です。下記のグラフはAETのイメージですが、X軸と水平にグラフ中にひかれたAET以上について毒性リスク評価を行うこととしています。

Application of the AET in chromatographic analysis

Application of the AET in chromatographic analysis

化学的キャラクタリゼーションの概要を紹介するシリーズの第2回目はISO 10993-18の用語の定義を取り上げました。この規格の難解さは用語にあると言えるでしょう。第3回目においても幾つかの用語を取り上げて解説します。これらの用語を踏まえて、化学的キャラクタリゼーションのプロセスを確認いただくことで、点と点のつながりが線となり、ISO 10993-18の概要を理解いただけると考えております。


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