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ISO 10993規格シリーズは、主に医療機器の生物学的評価に関する内容を取り扱っています。そのシリーズにおいて、ISO 10993-17は、化学的キャラクタリゼーション (ISO 10993-18)で特定された化学物質の毒性学的リスクの評価方法に関する要求事項を示しています。本ページでは2023年9月に約20年ぶりに改訂されたISO 10993-17:2023で新たに採用された用語や概念をいくつか紹介いたします。

新しい用語とリスクマネジメントプロセス

ISO 10993-17の2023年版では、毒物学的スクリーニング限界(TSL:Toxicological screening limit)、推定暴露量(最大;EEDmax:Estimated exposure dose)、放出動態(release kinetics)といった新しい用語や概念が導入されています。また、毒性学的リスク評価の仕組みを医療機器のリスクマネジメントプロセスや毒性学的リスク評価報告書にどのように組み入れるのか、そのスキームを示すフローチャートが示されています。

ハザード(危害要因)の特定プロセスにおいて、化学物質の毒性学的情報(一次的及び二次的な健康影響)のPoint of departure(POD)として、関連するエンドポイントに対する無毒性量(NOAEL)や最小毒性量(LOAEL)などを、複数の情報源/データベースを用いて収集する必要があります。(情報源/データベース例:Toxplanet、National Toxicology Program(NTP)、Environmental Protection Agency(EPA)PubMed、Carcinogenic Potency Database(CPDB)、Registry of Toxic Effects of Chemical Substances(RTECS)、European Food Safety Authority(EFSA)、European Chemicals Agency(ECHA)、World Health Organization(WHO)など)

情報源/データベースの選択と検索の基準は文書化され、根拠を持って示されなければならず、データの信頼性と質は評価され、確立されている必要があります。動物モデル、年齢、性別、投与経路、投与量、投与頻度、特定の投与量に関連する危害の種類、毒性作用などの化学物質に関する情報を文書化しなければなりません。化学物質に関する毒性情報が入手できない場合は、適切な毒性情報を持つ構造的に類似した化学物質を代用物質として使用することで、Read-across1での評価が可能です。

  1. Read-acrossとは、予測を行いたい物質(ターゲット物質)に対して類似性のある物質(ソース物質)のデータを用いて、予測を行いたい物質の毒性等のエンドポイントのデータギャップの穴埋めを行う方法です。(参照: https://www.cerij.or.jp/service/10_risk_evaluation/QSAR_01.html#m2

毒物学的スクリーニング限界値 – TSLについて

ISO 10993-17の2023年版における重要な変更点の一つは、毒物学的スクリーニング限界値(TSL)という新しい概念の導入です。TSLとは、特定された物質について、特定の期間にわたり、重大な健康影響を引き起こすことのない累積暴露量のことです。TSLの単位は㎍/dです。TSLを用いて、特定された物質の総量が、遺伝毒性、発がん性、全身毒性(急性、亜急性、亜慢性、慢性など)、生殖及び発生毒性を引き起こさない程度に低い量かどうかを評価することができます。化学物質の総量がTSL未満であれば、毒性学的リスク評価の実施は必要ありません。TSLを実施する主な目的は、毒物学者の負担を軽減し、潜在的に有害な化学成分に毒性学的リスク評価を集中させることです。TSL は対象となる医療機器から抽出される、もしくは特定される化学物質の総量に対して適用されます。

また、このTSLの概念には下記に示すようないくつかの制限があります。

  • 危害の性質が刺激性の場合
  • 懸念化学物質のグループに属する場合
  • 同定が不十分な化学物質(未知)がある場合
  • 早産児、新生児、非常に幼い乳児(16週以下)において長期的に接触する医療機器の場合
  • ガス経路医療機器からの揮発性有機化合物(VOC)の場合

また、TSLは、ISO 10993-18 : 2020で定められた分析評価閾値(AET : Analytical evaluation threshold)に代わるものではありません。TSLを使用して、毒性学的リスク評価が必要な化学物質を特定し、AETを超える抽出物を対象にその安全性を評価することができます。

耐容摂取量(TI : Torelable intake)の計算では、最も臨床的に関連性の高いPODを選択します。本規格では、経口経路、曝露期間、POD、データ適用性及び品質の不確実性についての数値レベルが示されています。経口経路における情報を活用し、非経口経路による摂取の情報を推定する場合、経口経路に対する不確実性係数(UF : Uncertainty factor)と化学物質の摂取による体内循環、吸収、及び反応に関するデータについても考慮する必要があります。早産児、新生児、非常に幼い乳児(16週以下)が患者集団の場合は、不確実性係数(UF)として3を追加適用しなければなりません。

化学物質固有の毒性学的情報が入手できない場合は、毒性学的懸念の閾値(TTC : Threshold of toxicological concern)によるアプローチを用います。化学物質への暴露期間に基づき、変異原性/発がん性のTTCを選択することができます。毒性学的データにより、化学物質が遺伝毒性反応を誘発しないことが示された場合、非発がん性のTTC(Cramer Classによる分類)を選択することができます。これには、変異原性データが陰性である場合や、システムベースと統計ベースなどの少なくとも2つの計算モデルで陰性の結果が得られた場合などが含まれます。

最大曝露量 – EEDmaxについて

もうひとつの新しい概念はEEDmaxです。EEDmaxとは、ある化学物質が身体に接触または摂取された場合の、1日あたりのワーストケースにおける暴露量になります。EEDmaxに関しては、2つのアプローチでその情報を確認することになります。

ひとつ目が化学物質の放出動態情報(一定期間において、医療機器から化学物質が放出される量が推定できる場合)が入手可能な場合、EEDmaxは化学物質の放出動態(各期間の放出動態試験を通じて把握される1日の最大量(HQr.k. : Highest quantity (release kinetics) を確認する)に基づいて決定することができます。

ふたつ目は、化学物質の放出動態情報が入手できない場合です。この場合、想定される放出量(総量(TQ : Total quantity)を各期間の放出日数(Rd : Release duration)で割ったもの)がワーストシナリオとして計算されます。どちらの状況でも、スケーリング係数(臨床で使用される医療機器の最大数量)の適用が必要になります。

放出動態 – release kineticsを考慮した評価

医療機器については、使用期間中に放出される化学物質の総量よりも、曝露期間中の各タイムポイント(1日以内、1ヵ月以内、1年以内等)における1日の最大曝露量(EEDmax)を計算する方が理にかなっていると考えられます。

EEDmaxでのアプローチにより、より臨床使用を考慮した暴露状況を捉えることができます。EEDmaxの主な利点は、ISO 10993-1に規定された化学物質による様々な接触時間のカテゴリー(急性、亜急性、亜慢性または慢性毒性)ごとに影響を誘発する可能性を評価することができる点にあります。

安全マージン(MoS : Margin of Safety)は、耐容摂取量(TI)をEEDmaxで割ることにより、算出することができます。この新しい概念を用いて、複数の期間区分[急性(1日)、亜急性(2~30日)、亜慢性(30~365日)、慢性(365日)]に対するMoSを計算することが可能になりました。

MoSが1より高い場合、MoSの算出に関連する値がConservativeな情報に基づくのであれば当該化学物質のEEDmaxは人の健康に重大なリスクをもたらさないと考えられます。しかし、MoSが1未満の場合は、毒性学的リスクについてさらに検討する必要があります。ISO 10993-1およびISO 14971に従って、毒性学的リスクに対処するために追加のアプローチが検討されます。

References
ISO/DIS (2021) 10993-17, Biological Evaluation of Medical Devices – Part 17: Toxicological Risk Assessment of Medical Device Constituents

Add:
10993-1
10993-18:2020


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